先生が言っていた大塚博堂の こと を
ネットで捜した
「ダスティンホフマンになれなかったよ」を 聞いた
いつも は
高校から5時に帰宅したら
ユニクロで買ったジーンズに 着替えて
親が帰る前に
ジーグで買ったヤマハのギターの入った
先生が言っていた大塚博堂の こと を
ネットで捜した
「ダスティンホフマンになれなかったよ」を 聞いた
いつも は
高校から5時に帰宅したら
ユニクロで買ったジーンズに 着替えて
親が帰る前に
ジーグで買ったヤマハのギターの入った
春を告げて
春が終わる前に 散ってゆく花
桜 桜 ・・・
はかない けど
一時でもいい 綺麗に咲きたい
はかなさ の
中に
別れ
巡り会い
さまざま な
さまざま な ・・・・
こころ の もよう を
織り込んで いく ・・・
あの朝。。 僕らは、身も心も揺れた。
大地が、僕らをなぎ倒した。
大地の我が儘な躍動が、僕らのほんのちょっぴりの自信さえ、
崩れさせた。
何故
僕らの神戸が、倒される。
僕らの神戸が、炎に包まれる。
嫌、僕らの神戸を、炎が呑み込む。
母は七十の齢(よわい)を過ぎても、お中元は手作りの『奈良漬』です。
僕が贈るお中元まで、母の『奈良漬』です。
母は『奈良漬』のために六月から瓜を捜して、塩にもこだわります。
父が亡くなって二年経ちました。
僕は母に言いました。
TAOは 北風を吹き飛ばす勢いで
太鼓を叩く叩く 叩き続ける
TAOの肉体は
冷たさを熱くして湯気を立ち上らせる
湯気のひと煙りひと煙りは
虎になって虎になって
僕達の心の奥の奥に向かって
襲い来る
TAOの肉体は
みなぎる力をほとばしる汗に換える
汗のひと粒ひと粒は
深い群青色の海は 今日は泣かない
淡い紫の空を狭くする大きな黒い雲
そういった空の厳しさに負けまいと
ことし はじめての 太陽が
僕達に 元気な顔を 見せてくれた
僕も 君を見習って 困難を乗り越えたい
僕も 君の様に 明るい笑顔を絶やさずに
「座っても いいですか」
『はい ・・』
丸太で作ったベンチ が 照らされる
木漏れ日が 優しい
おんな の なかに
からだ が こころ が
溶けていく
なぜか 心細そうにしている おんな
肌が透き通るように真っ白で
青白くも思える おんな
ぼくは おんな に のみこまれて
おんな の なかで
僕自身は なくなって
あとかたもなく
とろけていく
銀杏の絨毯に囲まれたベンチに座って
妻と僕は
詩集「女に」を読んだ後
詩人の谷川俊太郎さんと
絵描きの佐野洋子さんの熟年夫婦の関係
そう 艶かしいことで口を綻ばせる
二十代の頃は
「ひとりの方が自由だ」と思っていた
なのに 僕は三度も結婚した
時の移ろいだけが僕の生きてる事の証明
ならば?とてもさみしい
僕は プライドが高いから
僕は 不器用だから
新しいものを すぐには覚えられない
君の名前を 覚えるのに苦労する
時だけが いたずらに針を回す
僕は涙もろいから 僕は泣き虫だから
四年前の四月十九日の早朝
母からの電話で
父が入院する病院に駆けつけた
すでに 父は息をしていなかった
「父が亡くなった(嘘だろう)
不死身だと思っていた父が亡くなった」
私の瞳から涙が溢れてこぼれ落ちたのは
何故だろう
私が小学生の頃ドライブが好きな父は
人々が笑い転げ、心底祝福した。
だから
僕は、あの夜のウエディングを忘れない。
夕日が沈んで消える頃、
人々の日々のもやもやも消えていって、
篤君と朱実さんのことで夢中になった。
二人の優しさが、
人々を笑い転げさせた。
ここに集まった人は、
太陽と風と花弁に抱かれて
愉快な四十一人が
優しい日差しと
真っ白な壁に包まれた教室に
やって来た
いろんな環境 複雑な想い
なかなか溶けない悲しみさえ 抱えて
四十一の輝く魂が
1Me1の家族になった
朝 そして帰り
教卓の前で 大きな声で
怒ったり
今日も お米の真空パックや
野菜の詰まった(宅配さん泣かせの)
重たいダンボール箱が
妻の実家から届いた
(いつも ありがとうございます)
ばあちゃん が 守り抜いた田んぼで
出来たお米は とても美味しい
とても 優しい!
(あまりご飯を食べずに
こころ の なかの
どうしようもないほど
絡み過ぎて なかなか 解(ほど)けない
糸を 紡いで
古布(ふるぬの)に 刺繍を 刻みました。
(詩集『人生は、ドラマじゃ。』の購入?は、
chuuya@oct-net.ne.jp でも 受け付けてます。